エレクトロニクスと課題
半導体チップはあらゆる電子機器に搭載され、データ処理やシステム制御に不可欠である。
素子の微細化によって高速化・高機能化・小型化・省電力化・大容量化・低価格化が実現されてきた。
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半導体チップ
トランジスタ等の様々な電子部品(素子)を極微細化し、配線を施した高集積回路。一つのチップの中に10nm程度の大きさに微細化された数億個の素子を含むものもある。
エレクトロニクスが抱える課題
- 情報通信ネットワークの進展に伴う情報量の爆発的増加に対応した継続的な技術革新を必要とする。
- 製造技術的限界、電力的限界(消費電力の下げ止まり)、経済的限界(企業投資の範囲を超える設備コスト)により微細化のスピードは鈍化傾向にある。
Spintronics
スピントロニクス
更なる微細化・高機能化を推進するための
技術革新をもたらすものとして
注目されている。
スピントロニクス
電子の持つ電荷(電気的性質)に加えてスピン(磁気的性質)を起源とする物性全般の研究及びそれを工学的に応用する研究分野。
- スピントロニクスの高速・省電力・多機能性などの
特性は様々な応用が期待される。
磁気記憶装置(HDD)
みんな知っているハードディスクは実はスピンを利用している。
特性・ 磁石の向きで情報を記録
・ 情報の保持に電力を必要としない
応用例1磁気ランダムアクセスメモリ:
MRAM
既存の不揮発性メモリと比較して高速読み書き動作、高い記録密度、長い書き換えサイクル寿命を実現する。
MTJ(磁気トンネル接合)の原理
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特性
- 絶縁層を磁性層で挟んだ構造
- スピンの方向に依存する抵抗の違いを
ディジタル情報(“0”と“1”)とするメモリ - 電気的書き込み(スピン方向の反転)も可能
最近の研究STT-MRAM vs. SOT-MRAM [1,2]
スピントランスファートルク型(STT)とスピン軌道トルク型(SOT)のMRAMが研究されている。
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STT-MRAM (スピントランスファートルク型)
特性- 読み出し・書き込み電流がMTJを流れる
- 高集積化
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SOT-MRAM (スピン軌道トルク型)
特性- 書き込み電流はMTJを流れない
- 高速化、低消費電力化
[1] T. Endoh and H. Honjo, J. Low Power Electron. Appl. 8, 44(2018).
[2] 東北大学プレスリリース(2020年):SOT-MRAMチップの動作実証に初めて成功
応用例2スピントランジスタ
スピントランジスタは強磁性体の電極の間にゲート電極を有したチャネル層があり、ゲート電圧の強さに依存してスピンの向きを回転制御でき、スピンの向きで電流量を制御できるトランジスタ。
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特性
- トランジスタのON/OFF切替を
スピンの向きの回転でおこなう [3] - 電子トランジスタに比較して
1/10000の省電力動作の可能性 [4]
- トランジスタのON/OFF切替を
スピン軌道相互作用の原理
- 電子の感じる電場(ゲート電圧により制御)
- 電子のもつ運動量(速度、波数)
- 有効磁場によってスピンがコマのように歳差運動
- スピンの回転制御が可能
最近の研究スピンの安定輸送 [5]
スピントランジスタの半導体チャネル中で安定してスピンの向きを輸送する現象の発見
スピントランジスタの
高速動作・省電力動作へつながる
[3] S. Datta and B. Das, Appl. Phys. 56, 665(1990).
[4] 近藤他、SDM, シリコン材料・デバイス 111(187), 17(2011).
[5] D. Iizasa et al., Phys. Rev. B 101, 245417(2020).
応用例3量子コンピュータ
量子コンピュータは、重ね合わせや量子もつれといった量子力学の性質を利用して、従来のコンピュータでは現実的な時間や規模で解けなかった問題を解くことが期待されるコンピュータ。
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特性
- 単一電子スピントロニクス
=量子エレクトロニクス - 小型で集積可能な量子コンピュータ
- 単一電子スピントロニクス
単一電子スピン量子状態の原理
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特性
- 固体素子でも比較的長く量子情報を保てる
- 初期化、操作、読み出しが可能
- 半導体微細加工技術で集積可能
最近の研究:半導体スピン量子ビット
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特性
- 高精度な単一量子ビット操作 [6]
- 高精度な二量子ビット操作 [7]
- CMOSテクノロジーによる集積提案 [8]
[6] J. Yoneda et al., Nature Nanotechnol. 13, 102(2018)
[7] A. Noiri et al., Nature 601, 338(2022)
[8] M. Veldhorst et al., Nature Commun. 8, 1766(2017)